凡典堂

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【古書】破戒

デカスロン2

作品紹介

長野県飯山町の学校で教員として勤務する瀬川丑松は、自身が穢多であること、その秘密を「隠せ」という父からの戒めを固くなに守ってきた。

決してこの戒めを破るまいという彼の思いは、彼の周りの人々と出来事 ―父の死、思いを寄せるお志保、師と仰ぐ思想家猪子蓮太郎との出会いと死― を通して精神を削るようにして揺れ動く。

そして遂に丑松は、「破戒」の決心をする。

 レビュー

明治時代、四民平等は名目だけで機能せず、実質的には、いまだに穢多であることが知れれば、それは社会から放逐されることを意味していました。その中で丑松は父から言われた戒めを破る決意をします。

その小説のテーマから、作中で描かれている差別を社会問題に押し広げて、あれやこれやと言われていますが、どうにも私にはそうは思えません。差別を激しく糾弾する、または差別に対する果てない疑問が提起されているわけでもない、そういった気がします。

むしろ著者の描写力や構成力にこそ、本書の価値を、明治の時を超えて感じることができるのでは、と思います。

 登場人物

まず、主人公の瀬川丑松について、丑松は師範校を22歳で卒業し、飯山の学校に勤めて3年になるので、年齢的に25歳くらいの青年です。

彼の周囲の人々は、まずその教員としての関係、そして彼の住む蓮華寺との関係、個人的な関係者があります。

学校関係

  • 土屋銀之介…師範校時代からの親友。面倒見が良く、丑松のことを気にかける。
  • 勝間文平…同じ飯山の学校に勤務する教員。校長の息がかかっており、身なりなど瀟洒な青年。
  • 校長…飯山の学校の校長。自分の方針と合わない丑松や銀之介を快く思っていない。規則に厳しい。
  • 風間敬之進…老教諭。お志保の父で、丑松とは酒を飲みながらよく話す。

蓮華寺関係

  • 奥様…蓮華寺の住職の連れ合いの尼様。
  • お志保…蓮華寺に預けられている。丑松は彼女に思いを寄せる。
  • 住職…見識、人格優れた人物であるが、ただ一つ色欲に弱く、お志保に手を出そうとする。

個人的関係

  • 丑松の父…丑松に自分の出生を「隠せ」と戒め、「忘れるな」の一言を残して他界する。
  • 猪子蓮太郎…穢多出身の思想家。丑松は彼の著書に強く影響を受ける。長野県に遊説中に丑松と会う。
  • 高柳利三郎…代議士。彼の妻が丑松と関係があり、丑松にある話を持ちかける。

 映像的な描写

人間関係だけ見ると、今の小説でもよくありそうな関係、チャートで書けそうですね。また、話の筋も、秘密を抱えた主人公、という今ではよくある話といえばある話です。

仮に本書のテーマを差別から適当な何かに全くすり替えてしまっても破綻はしないでしょう。(あくまで仮に)

そこで、一体何が面白さを支えているのか考えると、それは描写と構成、特に場面の転換にあるように思います。

まず、季節を見ると、この破戒の中の時間軸は10月の終わりから12月に入った頃、つまり、およそ冬の前の季節であって、本書からはその独特の薄暗い雰囲気が見受けられます。

その描かれている光景、情景を目で見ているような映像感覚、そして、それは人間の描写にまで及んでいて、ちょうど絵の上手な人の書く正確なスケッチのようです。

また、切れ味の良い場面転換が、その視覚効果をより高めています。つまり、本書の魅力は文学でありながら、かなり映像的であるところにあるように思われます。

名作として読むのも良いですし、また、文章での描写に徹した潔い作品ですので良作としてもおすすめです。